親切にしなさい。
あなたが会う人はみんな、厳しい闘いをしているのだから。
 ~プラトン


明日は、明日こそはと、人はそれを慰める。
この“明日”が、彼を墓場に送り込むその日まで。
 ~イワン・ツルゲーネフ


恩を受けた人はその恩を心に留めておかなければならない。
しかし、恩を与えた人はそれを覚えているべきではない。
 ~キケロ


決意は遅くとも、実行は迅速なれ。

 
  ~ジョン・ドライデン

自分を助けられない人には、他の人も助けられないのです。
それが、人生の中で最も美しい代償です
 ~エマーソン


失敗を恐れてはならない。
結果が失敗と出ても、その原因となった力は好ましい方向に使えるかもしれないと模索する積極性こそ大切だ。
 ~広中 平祐


我々にとって最大の栄光は、一度も失敗しないということではなく、倒れるごとに必ず起きあがることである。 ~オリヴァー・ゴールドスミス


疑いもなくわれわれの大きな仕事は、遠くにある不明瞭なものを知ることではなく、手近にある確実なことを行うにある。

 
  ~トーマス・カーライル

しばし羽を休めた枝が細すぎて折れるかと思えても
それを感じながら
いざとなれば飛べばよいと
気楽に歌い続ける
鳥のようであれ
 ~ヴィクトル・ユゴー


自分の身に何が起こるのではなく、それにどう反応するかが重要なのだ。 ~スティーブン・R・コヴィー


今日の成功者は明日の成功者ではない。 人と接する時は謙虚さを失ってはならない。 ~木下長志


中年の人々は、次の三種類に分けられるだろう。
すなわち、まだまだ若い人。
かつては若かったということを忘れてしまった人。
そして、若かったことが一度もない人。
 ~ロード・ドーソン


もし、私が山で命を落としても、悲しみ嘆いてくれるな。
それよりも、あいつは望んだような死にようをしたと言って下さい。
どう考えても、山における死は一つの特権なのだ。
それは無駄な死ではない。
最も力強い物象の真只中で、全力を尽くして闘っている時に、生命を失う事は、死に甲斐のある事なのである。
 ~ジャン・コスト


金を残して死ぬものは下だ。
仕事を残して死ぬものは中だ。
人を残して死ぬものは上だ。
 ~後藤新平

温故知新:古きをたずねて 新しきを知る ~孔子


人を幸福にするものは、どれだけ沢山のものを持っているかという事ではなく、手持ちのものをどんな風に楽しむかという事である。 ~チャールズ・H・スパージョン


もうおしまいと思ったところから、必ず道は開ける。

 
  ~春山 満

やる気をすっかりなくさない限り、失敗はありえない。
「自分の内部から生まれる敗北」以外に敗北はない。
「心の弱さ」以外に越えられない障害などない。
 ~エルバート・ハバード


成功とは、失敗から失敗へと情熱を失わずに進むことである。 ~ウィンストン・チャーチル


悟りとは平気で死ぬことではない。
平気で生きていくことだ。
 ~正岡子規


人生の競技場に踏みとどまりたいと思ふものは、創痍を恐れずに闘わなければならぬ。 ~芥川龍之介


20歳の顔は、自然の贈り物。 50歳の顔は、あなたの功績。 ~ココ・シャネル


信じるんだこんなちっぽけな人間でも、やろうとする意思さえあれば、どんなことでもやれるということを。 ~マクシム・ゴーリキー


人にとって最も恐ろしいのは、惰性で日を送ることである。
向上心があれば、飽きることがない。
仕事・生活の中に、向上の道を残さねばならない。
向上を求めねばならない。
 ~西堀 栄三郎


もっとうまくやれる方法があるはずだ、それを探し出せ。
人間の最大の弱点は、諦めてしまうことである。
成功するための最も最善の方法、それはもう一度試みることである。
 ~トーマス・エジソン


おまえさんないま一体何が一番欲しい
あれもあれもじゃだめだよ
いのちがけでほしいものを
ただ一ツに的をしぼって言ってみな
 ~相田みつお


人生にとって最も大切なことは
こころのもち方よりも、言葉の使い方です。

 
  ~山崎房一

人に施したる利益を記憶するなかれ、人より受けたる恩恵は忘るるなかれ。 ~バイロン


年を重ねただけでは人は老いない。
理想を失うときに始めて老いがくる。
 ~サミュエル・ウルマン


宇宙は変化そのものだ。
われわれの人生は、思考が形づくるとおりのものである。
 ~マルクス・アウレリウス


あれを見よ 深山の桜咲きにけり 真心尽くせ 人知らずとも ~松原泰道


すべての物を失っても耐えられる心。
また出直せばいいと思える強さ。
何事にも動じない自分。
そうした内面のしなやかさを持つことが、幸せな人生を歩む上での糧になると私は思っています。
 ~柳田邦男


破綻をきたす組織は、たいてい管理過剰で指導力が不足している。

 
  ~ウォーレン・ベニス

すべて恩を受けたことに対して、よく考え報いるときは、世界のものは自分のもののように、何事もやりたいと思った通りになる。
ここに至って、「鬼神にも通じ、世界中に輝き、感化を受けないところはない。また、東西南北の民がみな心服する」となるのである。
 ~二宮尊徳


人生は学校である。 そこでは幸福より不幸の方が良い教師である。 ~フリーチェ


私にとって最高の勝利は、ありのままで生きられるようになったこと、自分と他人の欠点を受け入れられるようになったことです。

 
  ~オードリー・ヘップバーン

どんなに実現したい夢を持っていて、しかもそれが叶なわなくても、 それはそれで人生は流れていく。
だけど流されているのと、自分で漕いでいるのでは、その違いは大きい。
漕ぎ続ける人でいたいし、そのためには常にテンションを上げておかなければならない。
 ~大友 直人


人生は、私たち1人1人が、それぞれの目を通して見ている映画です。
そこに何が起こっているか、は大した違いはありません。
それをどのように受け取るかが重要なのです。
 ~デニス・ウェイトリー


何としても二階に上がりたい、どうしても二階に上がろう。
この熱意がハシゴを思いつかせ、階段を作りあげる。
上がっても上がらなくてもと考えている人の頭からはハシゴは生まれない。
 ~松下 幸之助


「如来の上に立脚地を有す」
清沢満之「清澤先生言行録」(『清澤全集』第三巻 無我山房 584頁)


愛別離苦(あいべつりく)
会った者は、いつかは必ず別れなければならない時が来る。その別れの苦悩のこと。四苦八苦というときの八苦の一つ。


平等岩 廻りて見れば阿古滝の 捨てる命も 不動倶利伽羅

万の仏の願よりも 千手の誓いぞ 頼もしき


私たちは他者に注意を受けたとき、とっさに言い訳をすることがあります。

言い訳とは、自分の失敗を弁解したり、身の潔白を証明することを指しますが、他にもいろいろな意味を持つようです。

辞書によれば・・・

「言い訳」

・物事の筋道を明らかにして説明すること。

・過失や罪を詫びること

素直に詫びる心を養いましょう。


人の死は悲しみではないでしょうか?

 

悲しみの中の悲しみでした。

 

ああ哀しきことよ。哀しきことよ。

哀しみの中の哀しみだ。

ああ悲しきことよ。悲しきことよ。

悲しみの中の悲しみだ。

 

哀しい哉、哀しい哉、哀れが中の哀れなり。

悲しい哉、悲しい哉、悲しみが中の悲しみなり。

・・・・弘法大師空海「遍照発輝性霊集補闕鈔」第八巻


人はどうして死んでしまうのでしょうか?

ヨモギを見よ。蘭を見よ。太陽が進むその速さを、見よ。

ヨモギは荒地や丘に集まり生え

蘭の類は山の南に生い茂る。

太陽は矢が飛ぶように進み

四季の運行に人は死んでいく。

 

蒿蓬は墟壟に聚まり

蘭蕙は山陽に鬱なり

曦舒 矢の如くに運ぐり

四節 人をして僵れ令む

・・・・弘法大師空海「遍照発輝性霊集」第一巻


人を送るとき、何を贈りましたか?

言葉を贈りました。

人を送るときに言葉をはなむけとすることを、

昔の人も述べている。

 

人を送るに言を以てするは、古人も是を道へり。

・・・・弘法大師空海「遍照発輝性霊集」巻第三


道に迷ったとき、どうしましたか?

なんども、泣きました。

仏弟子たるわたくし空海は、仏にならんとする心をはげまし、

すべての根源である仏の境地にたどり着こうと願っているが、

たどるべき道を知らず、いくつもの道のいずれを択ぶかに迷い、

幾たびとなく涙にくれた。

 

弟子空海、性薫我を勧めて、

源に還るを思と為す。

経路未だ知らず。

岐に臨んで、幾たびか泣く。

・・・・弘法大師空海「遍照発輝性霊集」巻第七


頭の中も、身の回りもいつも散らかってしまいます。

環境を整えるには、心を清めなさい。

心を清めるには、環境を整えなさい。

 

そもそも環境は心に従って変わるものである。

心が汚れていれば環境は悪くなる。

心は環境について動いて行くものである。

環境が静かであれば心は清らかとなる。

心と環境が自然と合致して、万物の根源である道とその働きである徳とが、

存在することになる。

 

夫れ境は心に随ひて変ず。

心垢るれば則ち境濁る。

心は境を逐ひて移る。

境閑なれば則ち心朗らかなり。

心境冥会して、道徳玄存す。

・・・・弘法大師空海「遍照発輝性霊集」巻第二


仏教って何ですか?

自分と他者を両方、利すること。

 

およそ釈尊の教えは途方もなく浩く、

限りなく果てしないものです。

ひと言でつくせば、ただ自利・利他の

ふたつの利益にあります。

 

それ釈教は浩汗にして際なく、涯なし。

一言にしてこれを弊せば、ただ二利にのみあり。

・・・・弘法大師空海「請来目録」


昔の人はなぜえらかったのですか?

お金と名誉以外のことを考えていたからです。

 

昔の人は道を学ぼうとして利益を謀らなかったが、

今の人は書物を読むのもひたすらお金と名誉のためである。

 

古人は道を学んで利を謀らず、

今人は書を読むも但名と財のためなり。

・・・・弘法大師空海「遍照発輝性霊集」巻第一


忘れてはいけないことはありますか?

自分の心を見つめること。

毎日一度は自分の心の宮殿を見つめよ。

自分の心は仏の三身のすみかである。

 

朝朝 一たび自心の宮を観ぜよ。

自心は亦是れ三身の土。

・・・・弘法大師空海「遍照発輝性霊集」巻第一


こんな僕を活かせる役割はありますか?

ある。 曲がっているからこそ ぴったり出会える役割がある。

 

私空海が聞くところによれば

すぐれた職人が材木を用いるにあたっては、

木の曲直にしたがい、

無理することなく大きな家を造り上げるという。

聖君が人を使うにあたっても、その人の性質を奪うことなく、

その人に合ったところを得させるものである。

だからこそ、曲がったところもまっすぐなところも、

使用するにあたって失うことなく、

賢者も愚者も、その人の器次第で功績をあげるのである。

 

空海聞く、良工の材を用ひる、

其の木を屈せずして厦を構ふ。

聖君の人を使ふ、其の性を奪わずして所を得しむ。

是の故に曲直用に中つて損ずることなく、

賢愚器に随って促


うまくいくための最も大切な要素は何でしょうか?

 

人です。

 

物の盛んになることと

すたれることは、

必ずその人による。

 

物の興廃は必ず人に由る。

・・・・弘法大師空海「続遍照発輝性霊集補闕鈔」巻第十


果てしなく遠くまで行くには、どうすればいいですか?

 

大きなものに

ついて行きなさい。

 

鳳や鵬のように大きな鳥について行けば

蚊や虻でも天涯(空の果て)にまで至ることができる。

物事が互いに感応し合い助け合う力というものは、まことに何とも言えないほど素晴らしいことであることよ。

 

鳳鵬に附きて天涯に至る。

感応相助くるの功、

妙なる矣哉。

・・・・弘法大師空海「遍照発輝性霊集」巻第五


勉強で大切なことはなんですか?

 

専門ばかりに

かたよらないことです。

 

寺院の僧侶は、

一方にかたよって仏教の経典のみを学習し

大学の秀才は

仏典以外の書物のみ読みふけっているのが

実情である。

 

毗訶の方袍は偏に仏経を翫び

槐序の茂簾は空しく外書に耽る

・・・・弘法大師空海「遍照発輝性霊集補闕鈔」巻第十

 


見えにくいのは誰ですか?

 

自分です。

 

あまりに近いためにかえって見えにくいのは自分の心である。

 

近くして見え難きは我が心。

・・・・弘法大師空海「秘蔵宝鑰」


答えを知っているのは誰ですか?

 

あなたです。

 

心の理趣(真理の道)を求めるならば、

それはあなたの心の中にあり

他人の心の中に求めるのは無用である。

 

若し心の理趣を覓めば、汝が心中にあり、

別人の心中に覓むることを用ゐず。

・・・・弘法大師空海「続遍照発揮性霊集補闕鈔」巻第十


人はなぜ生きているのですか?

 

ご飯を食べるからです。

 

人たる者はぶら下がっている苦瓜ではないとは

孔子の格言であり

人は皆食によって生きる者であるとは

釈尊の説くところである。

したがってその教えをひろめようと思うならば

必ずその人々に飲食を与えなければならぬ。

 

夫れ人は懸瓠に非ずというは孔丘の格言なり。

皆食に依って住すといふは釈尊の所談なり。

然れば則ち其の道を弘めんと欲はば、

必ず須らく其の人に飯すべし。

・・・・弘法大師空海「続遍照発揮性霊集補闕鈔」巻第十


私の願いは人とは違うようです。

 

星だって、それぞれ違います。

 

そもそも箕星というは風を好み

畢星というは雨を好むという。

(星ですらこのようであるから)

人の願いが同じでないことは言うまでもない。

 

夫れ箕星は風を好み、畢星は雨を好む。

人の願同じからざること亦復此の如し。

・・・・弘法大師空海「遍照発揮性霊集」巻第四


弘法大師はやっぱり筆を選びませんよね?

 

選びます。

製作もさせて吟味します。

 

技術の優れた職人は利れる刀を用い

文字を巧みに書く人は必ず良筆を用いるものである。

 

良工は先ず其の刀を利くし、

能書は必ず好筆を用う。

・・・・弘法大師空海「遍照発揮性霊集」巻第四


大日如来の正式名称は、サンスクリット語のマハー・ヴァイローチャナを音写した「摩訶毘盧遮那仏」。華厳経の法身仏である東大寺の大仏は「盧舎那仏」「毘盧遮那仏」とも呼ばれて、「宇宙の真理を照らして悟りに導く仏」の意味を持つが、密教の本尊である大日如来には、さらに「摩訶(偉大な真の)」がつく。


金剛界大日如来はあらゆる迷いを粉砕する「智拳印」。

胎蔵界大日如来は瞑想時の「法界定印」。


仏さまとは誰ですか?

 

あなたの心の王様のことです。

 

遮那(大日如来)は中央におられます。

遮那とは誰の呼び名か

本来われわれの心のこと

 

遮那は中央に座す

遮那は阿誰の号ぞ

本是れ我が心王なり

 

弘法大師空海「遍照発揮性霊集」巻第一


私たちは他者に注意を受けたとき、とっさに言い訳をすることがあります。

言い訳とは、自分の失敗を弁解したり、身の潔白を証明することを指しますが、他にもいろいろな意味を持つようです。

辞書によれば・・・

「言い訳」

・物事の筋道を明らかにして説明すること。

・過失や罪を詫びること

素直に詫びる心を養いましょう。


「火は薪ではない。火は薪とは異なる別のところに有るのでもない。」
龍樹『中論』(『中論』(中)第三文明社 329頁)